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ビルマの反政府デモについて

 ビルマが騒がしい。
 8月に始まったバス料金や燃料費の急激な高騰への抗議デモが、最近になって僧侶を巻き込んでの反軍政デモに発展、APF通信のジャーナリスト長井健司氏が取材中に殺害された。 画像にも写っているライフルを持った兵士によって至近距離から撃たれた。 撃たれる瞬間の生々しい映像がFNNのニュース番組で繰り返し流れている。 あらためてこの国の暗部を見せつけられ、暗澹とさせられた。 紛争地域に赴くジャーナリストだけに無論覚悟はしておられただろうが、面と向かった兵士に至近距離から撃たれるとは考えていなかったかも知れない。 酷な言い方をすれば、観光ビザで入国し、軽装のままカメラ片手に最前線に立つのは危険な状況だったということか、或いは偶然にデモがハジけた瞬間にたまたま最前線に居合わせたタイミングの悪さを呪うべきか。 しかし、こうした紛争を取材するジャーナリストにとって最悪のタイミングとは最高のタイミングと同義でもある。 今はただ、凶弾に倒れた長井氏のご冥福を祈るばかりだ。
 今回の民主化デモの舞台となっているのは、僕もちょうど1年前に訪れた旧首都ラングーンのシュエダゴン・パゴダとスーレー・パゴダである。 日本での報道を見ていると、ビルマ独立の父であるアウン・サン将軍の娘アウン・サン・スー・チー女史が主導する民主化勢力が正義を代表し、今回のデモでも武力鎮圧を始めた軍事政権イコール絶対悪といった単純な構図に収斂されているように思える。 それは確かに一面の真実ではあるものの、すべてではない。

 かつてイギリスの統治下にあったこの国を独立させたのは他でもない日本だった。 しかし、インパール作戦の失敗を機に日本軍が敗走を始めると、かつて陸軍中野学校にも学び、日本軍とともに戦ったアウン・サン将軍はイギリス側に寝返り、その後暗殺されるも独立への道筋をつけた。
 ビルマは中国とインドという二つの大国に挟まれた国である。 地政学上このような条件下にある国は、自らの独立を守るために往々にして独自の方法論を取るものである。 ビルマのそれは軍政による社会主義体制だった。
 1988年、イギリス人でチベット研究者の夫と結婚し、当時オックスフォード大の研究員をしていたアウン・サン・スー・チーは、病気の母親を看病するためにビルマに戻る。 その前年、高額紙幣の廃止に端を発した反政府運動が激化し、スー・チーも運動に身を投じていく。 発生当初、デモの対象は生活に密着したものだったが、それがやがて民主化運動へと変容していった過程は今回のデモと似ている。 スー・チーは遊説中に身柄を拘束され、自宅軟禁下に置かれる。
 軍事政権は1990年に総選挙を実施。 アウン・サン・スー・チー率いる国民民主連盟(NLD)が大勝したものの、軍部は権力を委譲せず、そのことで国際的な非難を浴び、スー・チーのノーベル平和賞受賞へとつながる。 ただ、このノーベル賞受賞については、イギリスにいたスー・チーの夫の尽力もあり、ビルマ問題を俎上に載せようとした英米の目論見もあった。 今回もブラウン首相がビルマでの民主化デモへの武力介入にいち早く懸念を表明し安保理を召集したように、かつて宗主国だったイギリスはいまだにこの国に影響力を行使し続けようとしている。

 現在の軍事政権がスー・チーに提示しているのは、在野に文民の人材がいないために内閣の4分の1は軍人を登用したいというものなのだが、スー・チーはインドネシアなど同じアジアで戦後独立した国も採用したこのやり方を頑なに拒んだ。 時間の経過とともにスー・チー自身は度々姿勢を軟化させたが、そのたびにイギリス人の夫が強硬に反対しスー・チーを支えた。 夫が1999年に死去し、自宅での軟禁状態が続くなか、スー・チーに未だ懐柔の色は見えない。 軍事政権はスー・チーを民主化の象徴のまま「生殺し」にすることで新たな民主化勢力の台頭をも防ぐことに成功していた。
 現在の軍事政権は次第に中国に接近した。 国内の地下資源の採掘権の供与やパイプラインの敷設など、その関係は年を追うごとに密接になっている。 ただ、これも裏を返せばEUとアメリカが実施している経済制裁の影響が大きい。 特に2003年のスー・チー女史の再拘束をきっかけに強化されたアメリカの追加的な制裁措置により、国内産業が受けたダメージは深刻なものだった。 いち早く軍事政権を承認し、供与を継続していた日本のODAも2003年以降は事実上ストップした。 僕らもビルマのメーカーと取引を始めてもう十数年になるが、このメーカーもこの経済制裁によって大口の取引先を失うこととなった。 特に基幹産業であった繊維産業への影響は深刻で、多くの工場が閉鎖に追い込まれた。 各国の経済制裁で一番被害を被ったのは軍事政権ではなくむしろ市井の人々である。
 今回の騒ぎにしてもメーカーに色々現地の詳細な情勢について尋ねてみたいところだが、電子メールはすべて軍事政権による検閲の対象なので通り一遍のことぐらいしか尋ねられないのが現状である。 検閲があるため、こちらからの至急のメールの返信ですら半日後になる有様だ。
 ただ、国民の尊敬の対象である僧侶までが今回のデモに加わったという事実は重い。 昨年軍事政権が突然首都を最大の都市ラングーンから内陸部のネピドーに移したのもアメリカの侵攻を恐れた末の措置と言われ、その迷走ぶりは臨界点に達しつつある。 国民が僧侶とともに蜂起したのは長い間ビルマ国民に鬱積した閉塞感が、新鮮な空気を求めて出口に殺到したと見るべきだろう。
 キナ臭いのは、そこに未だこの国に影響力を行使し続けたいイギリスと、アフガンとイラク、北朝鮮で手詰まり状態のアメリカが食指を動かしつつあることである。 ローラ・ブッシュやジム・キャリーなど、例によってアメリカ的な視点からしか物を言えない輩が広告塔になって国内世論の盛り上がりに一役買っている。 僕としてはこちらの動きの方がよっぽど胡散臭い。

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